2012年12月29日

いい唄にいっぱい触れて、どんどん舞台に出てほしいです

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(お弟子さんたちが、太鼓踊りに挑戦しているところです)

貴世旵(きよてる)会は、お弟子さんたちに新しい曲をどんどん教えますし、
舞台にもどんどん出てもらう、という考え方です。
「舞台に出てこそ芸は磨かれる」と思っていますので、
とにかく舞台経験を積んでほしいのです。

民謡のお教室では、何年もかけて1曲だけを教え、
身に着けさせるところもあると聞きます。
それはそれでもちろん、良い面もあるはと思いますが、
3年というまとまった年月があれば、その人にとっては
その1曲よりももっと自分に向いているかもしれない唄に
出合える可能性があるのです。

単に、私がせっかちなだけかもしれませんが(笑)、
人生は1回こっきりですので
唄にめぐり合う機会が少ないのはソンだなあと思うのです。

ですから、私としてはいろんな唄にいっぱい触れてほしいのです。

ひと口に「民謡」といっても、
東北の特徴だったり、西の特徴だったり、
北海道の特徴だったり、いろいろな唄があります。
粋なお座敷唄が向いている人もいれば、
元気な盆踊りの唄が向いている人、
素朴で温かみのある作業唄が似合う人もいるでしょう。

民謡にはたくさんの種類、たくさんの唄がありますから、
自分の雰囲気や声質にぴったりのものが必ず見つかります。

たくさんの唄を聴いたり覚えたり、練習していく中で、
「自分はこの唄が好き」「唄っていてぴったり来る!」
と感じられる唄に、きっと出合えますよ。

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(貴世旵会じまんの綺麗どころです^^)


posted by 駒和美 at 03:00 | TrackBack(0) | 貴世旵会のお稽古 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

その人に合った教え方をしていきたい

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現在の貴世旵(きよてる)会には、下は4歳の可愛らしいお子さんから、
上は人生の大大先輩たちまでと、幅広い世代の方々がいらっしゃいます。

会に所属しておられる若い方たちに対して思うことは、
せっかく貴重なお金と時間をかけて習いにいらしゃるのだから
ぜひ!ぜひ!上手になってほしい!ということです。

若い時代の吸収力はすばらしいので、
技術を磨くことに挑戦してほしいのです。

そして熱心な方には、民謡という文化を広められるぐらいのレベルに
なってほしいと思っています。そのために、一生懸命教えたいです。


一方で、ある程度のお歳を重ねられて会に入られた方には、
まずは純粋に、ゆったりと楽しんでいただけたらと思っています。


ご年配の方に私がいつもお伝えすることがあるのですが、
「習うからには絶対にうまくならなければ!」なんて、
無理にハードルを高くしなくても大丈夫ですからね、と申し上げています。

週に1回でも月に2回でも、家から出てお稽古に行くことが
とても大事ですし、また素晴らしいことです。

「自分は唄がうまくないから…」
「声が出ないから今日は行きたくない…」

などと引っ込み思案になってしまわずに、
とにかく家から出ようとしてみてほしいのです。

そうすれば、お洋服も外出用の綺麗なものに着替えたり、
髪やお化粧を整えたりする必要が出てきますよね。
そういうことこそが私は、元気でい続ける秘訣なのだと思います。

そして、お稽古場についたらみんなと会って一緒に唄を唄ったり、
休憩時間にはお茶を飲んでお話をしたり、お菓子を食べたり…
人と触れ合うことで、日々のつまらなさやストレス、
元気のなさも解消して、その方らしい素敵さや明るさが
保たれていくのではないかなあと思います。


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(私の母であり、貴世旵会の代表でもある
藤本生日和(いくひわ)です。
いつも笑顔で、キビキビと、誰よりもパワフルに(笑)
会を引っ張る頼もしい存在です)
posted by 駒和美 at 02:00 | TrackBack(0) | 貴世旵会のお稽古 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

細くても構わない、長く続けることが素晴らしいと思います

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(三味線伴奏をしている私です^^)

和のお稽古事というと「敷居が高いのでは?」
というイメージを持たれる方は多いようです。
実際はどうなのかな、と考えたときの私なりの感想を、
少しお話してみたいと思います。

たとえば、和のお稽古事のシステムを
カルチャーセンターのシステムと比べてみますと…

お金を払って、気軽に好きなことを学べるのが
カルチャーセンターの魅力だと思います。
お金を払った期間が終わればその時点で辞めたり、
気に入った場合はそのままもう少し続けたり、
あるいは、全然別の習い事を始めることもできますね。

一方で和のお稽古事はといいますと、
一人の師匠と向き合って、一つの芸をじっくりと磨いていきます。

学びの内容や人間同士のお付き合いが深くなる分だけ、
感動することや楽しいことがあります。
同時に、つらいことや、つまらないと感じることも出てきます。

和のお稽古事に限った話ではなく、すべてのお稽古は
「人間と人間のお付き合い」に尽きるかと思います。
ですから、長く続けていればその分だけ
嫌なことや合わない人にもめぐり会うでしょう。
かくいう私自身も、和のお稽古事をいくつも掛け持ちしてきましたから、
和のお稽古の喜びも難しさも、それなりに理解しているつもりです。

それでも、師匠と向き合いながら
お稽古事を長く続けていくことは、
結果的には必ず自分自身のためになると感じています。
これは私の経験上、断言できることです。

細く長く、とはよくいいますが、
お稽古事は、本当に、細くてもいいんです。

「いやだなあ」と思っている期間というのは
お稽古をしても、なかなか身につかないですからね。

無理だなあ、しんどいなあと思ったときは控えて、
元気になったなあと思ったら行けばいい、私はそう考えています。
具合が悪いときは休めばいいのですし、
遊びに行きたいときは行けばいい。
バーゲンに行きたいときだって、行けばいいのです、
私もバーゲンが大好きですからね(笑)。

これは私の個人的な考えかもしれませんが、
せっかくお稽古事を始めたのであれば、
「もうイヤになったので辞めます」「今度はこっちにします」などと
パッパ、パッパと切り替えないで、
少しずつでもいいから続けていった方がいい。
それを何十年と積み重ねていくことができれば、一番いいと思います。
それは絶対に自分の得になるんです。

芸事がうまくなる、ならないということとはまた別にして、
「自分はこれだけのことを長年やってきたんだ」という
人間としての強さや、生きていく自信につながっていく
からです。

それが、カルチャースクールと、個人のお教室の違いだと思うのです。

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(貴世旵(きよてる)会で長年、唄と三味線を続けてこられたSさんです。
2012年に、めでたく師範の試験に合格されました!
おめでとうございます^^)

posted by 駒和美 at 01:00| 「和のお稽古事」としての民謡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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